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フライング受検

2010.10.12 *Tue
いまから勉強してると、15日終了に間に合わない…

ということで、フライングで受検を敢行することに!


したんですが、

昨日1日、勉強したんですが、




エラー






で、受検できず



ネットワーク障害?
PC故障??


とりあえず、キーは発行されたものの
ログインに進めない状態。


しばらく粘ったけど、回復せず断念。
やばい受検期間が終わってしまう・・・

とりあえず、今日帰ってリベンジします。

龍馬と晋作

2010.10.10 *Sun
最近全然ブログ書いていませんでしたが、
サボっていたわけではないのです

ちょっと頼まれごとで、龍馬の手紙をナナメ読みしたり
高杉晋作について調べたりしてました。
ちょうど、今日の龍馬伝で高杉晋作は死んでしまいますね…


坂本龍馬と高杉晋作は似ているような
本を読んだのか、勝手にそう思ったのかわかりませんが
そう思って調べごとをしていて、
気付いた点が1つ。
2人が大きく違っていること。

藩。

…が違いますっていう、イマサラな話じゃなくて、
藩の違い、環境の違いで、
ここまで人生が違うんだなっていうこと。



異端児的な扱いをされている高杉晋作ですが、
何気に、藩命で江戸に行ったり、上海に行ったり、
講和談判にあたって条約を締結させたり
名前を「谷潜蔵」に変えたりしてます。

実は1度脱藩もしているのですが、
(しかも龍馬と同じ年!)
桂小五郎に説得されて戻っています。
その後、野山獄で謹慎させられてますが…

晩年は、公務から離れて療養に入りますが
これも藩から解職、完全療養を命じられていて
短命だけど、環境としては恵まれていた方じゃないかな?
と思います。



一方、坂本龍馬
郷士という身分から藩ではずっと虐げられ、
脱藩者として追われ、幕府からはおたずね者状態。
環境的に恵まれているとは言えません。

特にひどいなと思ったのは、暗殺の直前。
もう脱藩は赦免されているにも関わらず、
土佐藩邸に入れなかった龍馬は
結局、藩邸のすぐ近くの近江屋で暗殺されてしまう。

土佐藩邸には入れないこと、
でも薩摩藩邸に入るのは(土佐藩に)イヤミになるから
藩邸ではなく、自分で安全な宿を探している

という内容の手紙が残っているのを知り、
悲しくなりました…


坂本龍馬が、高杉晋作よりも誰よりも人気なのは
この逆境のせいかもしれない。





と、ここまで悠長に書いたところで

上級受検期間が迫っていますね~
あはは。
明日は勉強しよう。

そろそろ脱藩まで

2010.09.29 *Wed
1回目の江戸修行後~脱藩するまでに出会った人々と龍馬の話。


1854年(安政元年)

江戸から土佐へ戻った龍馬は河田小龍を訪れる。
このとき、龍馬20歳。

河田小龍は土佐藩用達の絵師で、
ジョン万次郎から海外事情を聴取し
『漂巽記略』を記した人。

購入した船で同士と商用を行う傍ら、
航海の演習をすることが重要
と説いた小龍に、龍馬は
「君は内にいて人を作り、僕は外にありて船を得るべし」
と告げたとされている。

ちなみに、後の亀山社中・海援隊に参加した
近藤長次郎、新宮馬之助、長岡謙吉は河田の門下。


1855年(安政2年)
徳弘孝蔵の砲術稽古に参加。龍馬21歳。

徳弘孝蔵は土佐藩における砲術第一人者。
仁井田浜に開いた道場の入門者には
武市半平太、岡田以蔵、龍馬の兄・権平もいる。


1856年(安政3年)
龍馬は2度目の江戸修行に出る。22歳。
この2度目の遊学で、龍馬は武市半平太と交友を深めた。

武市半平太は、当時鏡心明知流士学館の師範代。
龍馬とは親戚同士で、後に土佐勤王党を立ち上げる。


1858年(安政5年)
龍馬は『北辰一刀流長刀兵法目録』を授かる。
その後、2度目の江戸修行を終え土佐へ戻る。

11月、江戸で知り合った住谷寅之助大胡聿蔵
龍馬を頼って藩境にやってくる。
が、満足に答えられなかったため
「事情迂闊。何も知らずとぞ」と評価される。

当時の龍馬は、老中の名前さえ知らなかった。


1861年(文久元年)
武市半平太が江戸で「土佐勤王党」を結成。
龍馬は7番目、土佐では最初に加盟した。


1862年(文久2年)
龍馬は、武市の書状を届けるため
長州の久坂玄瑞を訪ねる。

久坂は返書に
「失敬ながら、尊藩も弊藩も滅亡しても、
大義なれば苦しからず」
と書いている。

この言葉に影響されてか、
1ヵ月後、龍馬は突如脱藩する。

久坂玄瑞は吉田松陰の門下で、
尊皇攘夷派の旗頭となり藩論を尊皇攘夷に転換させたが
禁門の変で自刃。妻は吉田松陰の妹。




やっと脱藩まで来た~・・・

龍馬江戸へ行くの巻。

2010.09.22 *Wed
こんな悠長に復習やってて終わるんだろうか・・・
でも、過去3回ほど宣言倒れしてるから
受検時期は明言しないでおこう。
そのうち受けます。


今日は、龍馬が江戸に行く頃の復習。

1853年(嘉永6年)3月

龍馬は剣術修行のため、江戸へ出立。
同行者に溝渕広之丞。

4月、千葉道場に入門し、北辰一刀流を学ぶ。

※この頃滞在していたとされる藩邸や、道場には諸説あり。
藩邸は、鍛冶橋の上屋敷もしくは築地の中屋敷。
道場は、玄武館(千葉周作・お玉が池)もしくは千葉定吉道場(桶町)。



しかしこの年6月、ペリーが浦賀沖に来航
幕府から臨時御用が出される。

江戸湾岸に藩邸を持っていた土佐藩は湾岸警備を命ぜられ、
龍馬もこれに召集される。
品川で、9月まで警備にあたった。

9月23日付 父・八平にあてた手紙
『異国の首を打取り、帰国仕るべく候』

このころの龍馬は、他の若者と同じ攘夷思想だった。
そのためか、この湾岸警の後の12月
龍馬は佐久間象山に入門し、西洋砲術を学んでいる。



1854年の5月、龍馬は土佐に戻る

江戸出立まで。

2010.09.19 *Sun
って代表的なできごとは2つしかない・・・?

龍馬年表を見ると、大抵が
誕生後、12歳に飛んでる


1846年(弘化3年)
12歳の時、龍馬は楠山塾に入る。
が、塾生と口論から抜刀騒ぎになり、退塾。
非は相手にあるとされたが、
父・八平は喧嘩両成敗とした。

以後、龍馬は学問を修める機会が無く
そのことを後年、お龍に自嘲気味に語ったとされている。


1848年(嘉永元年)
14歳で日根野道場に通い始める。
泣き虫で夜尿症の癖があったとされる龍馬に
姉・乙女や継母の伊予がすすめたとか。
ここで龍馬は力をつけ、
1853年(嘉永6年)19歳で『小栗流和兵法事目録』を受けて
江戸へ剣術修行に出る。


・・・できごと終了。



江戸出立の際、父・八平が渡した三箇条の教え

『修行中心得大意』
一、片時も不忘忠孝 修行第一之事。
一、諸道具二心移リ銀銭不費事。
一、色情二うつり、国家之大事をわれ心得違有間じき事。
右三ヵ条胸中に染メ修行をつミ目出度帰国専一二候。 以上

丑ノ三月吉日 老父
龍馬殿

誕生と、名前のこと。

2010.09.18 *Sat
今日は、龍馬の誕生と名前のことを
思いつく限りだらっだら書きます。

生年月日は、
1835年(天保6年)11月15日。

でも諸説あって、
『汗血千里駒』では10月15日
『維新土佐勤王史』では11月10日 となっている。
いまは、お龍の証言もあり11月15日が一般的とされている。

ちなみに、暗殺されたのも11月15日。


名前は、
生まれるときに母が見た
お腹に龍が飛び込む夢?からつけられたという説あり。

諱は、もとは「直陰」だったのを
自分で「直柔」に改名。
ナゼ?

変名には
才谷梅太郎とか、西郷伊三郎とか、取巻の抜六とかを使用。
才谷は本家の名前。
梅太郎は勝海舟の息子の名前。とかだった気がする。
西郷は西郷隆盛から。
取巻の抜六は寺田屋から脱出した自分のことを言ってるもの。


この辺苦手なので、調べてみました↓
http://www.ryoma-kinenkan.jp/study/qa/ryoma/post-39.php



こういうの見てると、
幕末の異常さがちょっとわかる。
自分の名前で生きていけない世界。

おさらい1 龍馬の家族

2010.09.17 *Fri
龍馬の家族をカンタンにまとめてみた。
名前(と龍馬が生まれた時の年齢)

父・八平直足(39歳)
 ⇒江戸遊学の際、龍馬に『修行中心得大意』を与えた。
  幸の死後、伊予を後妻に迎え
  龍馬が21歳の時に59歳で亡くなる。

母・幸(38歳) サチ?コウ?
 ⇒龍馬が12歳の時に肺結核で亡くなる。享年49歳。

  高齢出産で龍馬の授乳や養育は乳母が行っていたため、
  乳母とは折り合いが悪かった・・・
  とか、どっかに書いてたような。

長男・権平直方(22歳)
 ⇒年の離れた兄。龍馬を養子にする計画があったが、
  40歳まで家に帰らないことを認める。
  春猪の父。
 
長女・千鶴(19歳)
 ⇒高松順蔵に嫁ぐ。高松太郎の母。

次女・栄(年齢不詳)
 ⇒柴田作衛門に嫁ぐ。
  脱藩の際、刀を渡し自害したとされていたが
  墓が見つかり、龍馬が11歳の時に既に死亡?

三女・乙女(3歳)
 ⇒龍馬を育てた姉。坂本のお仁王様と呼ばれていた。
  岡上樹庵に嫁ぐが、離縁。晩年に「獨」と改名する。
  五尺八寸(約170cm)、三十貫(約100㎏) おっきい!


姪・春猪(龍馬とは7歳差)
 ⇒兄・権平の娘。おやべ?

甥・高松太郎
 ⇒姉・千鶴の息子で、土佐勤王党員、海援隊員。
  龍馬の死後、遺跡養子となり坂本直を名乗る。

義母・北代伊予
 ⇒父・八平の後妻。


とりあえず、基本の人たち。

超簡易年表

2010.09.15 *Wed
天保6年(1835年) 1歳
 龍馬生まれる。

弘化3年(1846年) 12歳

 母・幸、死亡。 楠山塾に入塾するが、退塾。

嘉永元年(1848年) 14歳
 日根野道場に入門。

嘉永6年(1853年) 19歳
 千葉道場に入門。 『小栗流和兵法事目録』を授与される。
 ペリー来航、臨時御用で召集される。

安政元年(1854年) 20歳
 河田小龍を訪れる。

安政2年(1855年) 21歳
 父・八平、死亡。

安政3年(1856年) 22歳
 剣術修行のため江戸へ出立。

安政4年(1856年) 23歳

 山本琢磨の時計拾得事件に遭遇。

安政5年(1857年) 24歳
 『北辰一刀流長刀兵法目録』を授与される。

安政6年(1858年) 25歳
 徳弘孝蔵に入門する。

文久元年(1861年) 27歳
 土佐勤王党に加盟。

文久2年(1862年) 28歳
 久坂玄瑞と面談する。 脱藩する。 勝海舟の門人となる。

文久3年(1863年) 29歳
 脱藩罪が赦免される。 海軍塾設立資金援助を松平春嶽に依頼する。

元治元年(1864年) 30歳
 再脱藩する。 楢崎龍と出会う。

慶応元年(1865年) 31歳
 神戸海軍操練所が廃止され、長崎に(亀山)社中を創立。

慶応2年(1866年) 32歳

 薩長同盟締結。 寺田屋で襲撃を受ける。 お龍と湯治旅行に出かける。
 ワイルウェフ号事件発生。

慶応3年(1867年) 33歳
 後藤象二郎と面談する。 脱藩罪を赦免され、海援隊隊長に任命される。
 いろは丸事件発生。 イカルス号事件発生。
 『船中八策』を提示。 大政奉還。 近江屋で暗殺される。



おさらい第一弾
簡易すぎ年表。

1年の成果

2010.09.14 *Tue
まさかの1問間違い。
久々の初級。

名称未設定 1のコピー


・・・所詮、これが実力ということです

追い込みします!

2010.09.13 *Mon
昨日の龍馬伝は、ついに龍馬とお龍が夫婦になってしまい
最終章の予告が流れておりました・・・

やばい。


龍馬伝は11月まででしたね。
この企画が始まって1年ちょっと。
そして、龍馬検定上級編の受検期間は10月15日まで。

もう、今しかタイミング合わないじゃん!!
ということで、追い込みしようと思います。

人間、追い込まれないと頑張らない生き物だと
知ってたけど、やっぱりそうでした
そして懲りない


漫画を読み、
書簡を読み、
DVDを観て
高知に行き、
長崎に行き、
龍馬検定の初級・中級を受け、
幕末歴史検定の初級を受け。

できることはやってきました。

「坂本龍馬」って名前しか知らなかった1年前に比べて
だいぶ詳しくなった!

龍馬の生涯はおおよそわかるし、
周辺人物もおおよそわかるし、
出来事も、おおよそわかる。
※「おおよそ」ね。


歴史は嫌いじゃなかったけど
現実味がない物語的な面白さにしか興味がなくて、
幕末~近代史は私の日本史から除外されてたのが
この勉強始めて、なんとなく
歴史の面白さがわかったかな?と思います。

あ、この人たち生きてたんだなって。
歴史上の出来事と、人の考え方とかがつながっていく感じ。


だから、今なら頑張れる。
もう1回勉強し直さないといけないけど、1からじゃない。
と思います。

上級編を合格した先輩いわく、問題はかなり細かいようなので
そこは1からだけどね


ということで、ひとまず勉強再開宣言でした。

といいつつ、
勉強の前にまずは脱3日坊主かも

プロフィール

cosse

Author:cosse
「坂本龍馬」の名前しか知らなかった女子が
『坂本龍馬検定』上級合格を目指す奮闘記



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